幼児にとって対象物というものは、 れが名前を持ったときにはじめて知 れ、存在する。これに関して、興味 深い経験をしたので披露しておきた 。走っている電車の中の出来事だっ 。がらがらに空いている座席に母親 とともに座っていた三歳ぐらいの女 子が、「デンシャ、デンシャ」と習 たての単語をつぶやいては、周囲の 窓枠を手でさすって言葉と物のつな りを確認していた。( (1) ) のうち、首を傾げながら母親にこう 尋ねたのである。「ママ、デンシャ て人間?それともお人形?」

言葉を覚えはじめたばかりの幼児に って、毎日の瞬間、瞬間が新しい世 の意味づけ行為の連続だ。しかし、 言語の分節というのは、まことに非 然的な画定である。だから、子ども 側では本能的に納得できないことが 多い。おそらく、「電車」という語 知る前には、この女の子の世界と意 は次のように分けられていただろう 。一方に「動くもの、そして柔らか 温かいもの」があり、他方に「動か いもの、そして固く冷たいもの」と いうカテゴリーがある。これによっ 、「人間」と「人形」という概念の は無理なく処理されていた。「人形 」はいくら人間に似ていても、「動 ない、固く冷たいもの」という全く のカテゴリーに属していた。ところ が、「デンシャ」という言葉を習い 同時に実際に乗って、見て触って認 したとき、「( (2) )」とい う新しいカテゴリーが誕生した。こ 子が混乱したのも無理はない。
(丸山圭三郎「言葉と無意識」より
問1 (  (1)  )に入る語はどれか。
1 そのわりに
2 ところが
3 とたんに
4 ところで
問2 ( (2) )に入るのはどれか。
1 動かないもの、そして固くて冷たい の。
2 動かないもの、そして柔らかくて暖 いもの。
3 動くもの、そして柔らかくて暖かい の。
4 動くもの、そして固くて冷たいもの